愛に生きた人、作家マルグリット・デュラスのホロスコープを読んでみた~「愛人」のネタバレと考察~
※注意事項:この記事では、作品に関する青少年と大人の性愛関係について言及します。筆者は、青少年は適切な形で保護されるべきという立場を取りつつ、作品としては評価したいと思っています。センシティブなテーマを取り扱うため、苦手な方は無理に読まないことをおすすめします。また、「愛人」や「苦悩」などデュラス作品のネタバレが含まれますのでご注意ください。
この記事では、ゴングール賞受賞作家、マルグリット・デュラスのホロスコープを読み解きます。自伝的小説「愛人」から生い立ちをおさらい。ネイタルチャートから、彼女の生まれ持った星々が示す、作家としての才能や恋愛観に迫ります。
目次
マルグリット・デュラスって何をした人?
マルグリット・デュラスは、1914年4月4日生まれの南ベトナム系フランス人。小説家や脚本家、映画監督として活躍しました。
1984年には、自伝的小説「愛人(ラマン)」でゴンクール賞を受賞。「愛人」は、デュラスが当時15歳の時に12歳年上の中国人青年の愛人だった経験を題材にしています。センセーショナルなテーマもあいまって、世界的ベストセラーに。ちなみにこの作品は、1992年にジャン=ジャック・アノー監督によって映画化されています。
他の代表作は「太平洋の防波堤」「モデラート・カンタービレ」。
「愛人」のあらすじと真偽
「愛人」の舞台は、当時フランス領だったインドシナ。貧しい15歳の少女と、お金持ちで年上の中国人青年のラブストーリーです。当初、少女はこの関係を遊びやお金のためだと割り切っていたものの、少しずつ気持ちに変化が訪れて…。少女が家族関係に悩む中で、中国人青年との12歳という歳の差や、貧富の差、人種の違いを乗り越えて関係を築いていきます。
「愛人」はデュラスの自伝的小説と言われていますが、内容のどこまでが本当なのかはわかりません。しかし、彼女の愛人であった中国人青年の身元は、豪商の息子、フィン・トゥイ・レー氏だと判明しています。さらに、彼の祖父が建てたフイン・トゥイ・レ旧家は、2009年に国家文化財に指定。このことから、中国人青年は実在した人物であることがわかりますね。
また、他にも「愛人」に関連するテーマの作品を発表しています。作品は以下の通りです。
- 1950年「太平洋の防波堤」ー未亡人の母親が、不毛な土地に防波堤を築く物語
- 1981年「アガタ」ー兄妹の近親相関関係を描く
- 1991年「北の愛人」ー「愛人」の続編
愛人や家族問題、土地問題などは、デュラスにとって重要なテーマだったと考えられます。
「愛人」からうかがえる、デュラスの生い立ち
まずは、デュラスのホロスコープを読み解く上では外せない、生い立ちについてお話しします。少女はフランス人夫婦の子どもとして、当時フランス領だったベトナム・ジャーディンで生まれました。上には2人の兄がおり、少女は末っ子です。
父親は少女の幼少期に病死。マルグリット・デュラスというペンネームは、父親の故郷デュラスに由来するそうです。父親の死後、母親は現地で教師の仕事をしながら3人の子どもを育てることに。しかし、一家の不幸は父親との死別だけでは終わらず…。
母親は全財産をはたいて土地を購入したものの、そこは定期的に水浸しになり全くの使い物にならないことが判明(現地の人に騙されたらしい)。その土地で商売をするつもりだったため、一家はどん底に突き落とされました。
お金もなく、不毛の土地を抱えて、家族4人&召使いとともに暮らすことに。
さらに、家族の問題は経済面だけではなく、母親による長男への偏愛も挙げられます。長男はたいそうな乱暴者で、次男をからかったりいじめたり、ひどい扱いをしていました。おまけに家や召使いのお金を盗み、アヘン窟に入り浸る。しかし、ダメな子ほど可愛く感じるのか、母親は長男を溺愛。次男や末っ子とは明らかに差別して育てます。
気弱な次男はいつも長男にやられっぱなしで、しくしくと泣くばかり。そこで気の強い少女は、次男をかばって反撃することもあったようです。この長男びいきの母親との関係が、しばしばデュラスの心に影を落とします。
そのうち、母親と長男、次男と少女という形で対立(後者がはじき出されたとも言える)。少女と次男は傷をなめ合うように親密な関係へ。当時のデュラスはまだ少女のはずですが、次男のことを「小さな兄ちゃん」と呼び、保護すべき弱くて儚い存在として接します。少女は、次男の母親兼恋人代わりのような、実年齢よりもずいぶん大人びた役割を求められたのです。
そんな過酷な生育環境の中で、成熟せざるを得なかった少女が、外部の大人と関係を持つのは時間の問題だったのかもしれません。
中国人青年との出会い
中国人青年との出会いのキッカケは、少女が一人で出かけた先のフェリーでナンパされたことです。その時の少女のファッションは、当時では珍しいスタイル。フランス人の美しい少女が、男性用の帽子をかぶり金ラメの靴を履いた姿は、異国では目立っていたことでしょう。
少女がメコン川を眺めているところに、例の中国人青年(当時アラサー)が声をかけます。彼はパリッとしたスーツを着て、高価そうなイギリスタバコを差し出しました。少女は中国人青年の誘いを受け、車に乗り込みます。そして、何度か学校への送り迎えをしてもらう中で、男女関係へ発展。
強く愛を伝える中国人青年に対し、少女は「他の女性と同じように扱って」と塩対応。少女は割り切った関係を望みます。彼はそれに対し、「えっ本当にそれでいいの?理解できない…」といった形で苦しんだようです。
中国人青年の人物像は?
「愛人」の中で、中国人青年はよく泣いていた、という記述があります。中国人青年は、現地でも有名な富豪のボンボン息子。父親のお金でパリに留学したものの、ろくに勉強しなかったため、ベトナムに強制送還されました。パリで覚えた女遊びがやめられず、アヘン窟に入り浸り、欲に流されるままに生きます。
中国人青年の生き方は、UKロックの「セックス・ドラッグ・ロックンロール」の「ロックンロール」の部分が抜けている状態だと思います。夢やガッツがない。父親には頭が上がらず、暇つぶしのように毎日遊び呆けているのです。デュラスに声をかけたのも、そんな日常の延長線上で、下心あってのこと。
とはいえ、ロックンロールとは、労働者階級の若者が「人生の一発逆転を目指せ!」みたいなメッセージ性の込められたジャンルです。生まれながらに社会的地位と生活の安定が約束されている中国人青年が、そんなガッツを持てるはずがないのかもしれません。
中国人青年の良いところは、自分の能力と境遇に自覚がある点ですね。父親のおかげで贅沢な暮らしができていることを、彼自身がよくわかっているんですよ。親がすごいだけで、自分には何の力もないことも。だからといって、親元から離れて自力で生きる気概もない。そんな自分に自信が持てずに、女性と遊んで気分を晴らしている。自分の心を誤魔化している、とも言えるかもしれません。
少女は最初こそ中国人青年を見下し、この関係は遊びやお金のためだと割り切っていたのですが、だんだんと情が湧くようになります。それは、後述するホロスコープに秘密がありました。
デュラスのネイタルチャートを読む
性格傾向
デュラスの大まかな性格傾向は、体に負担のかかる行動を起こしても気づきにくい、自分の好き嫌い・嬉しい・悲しいという気持ちを置き去りにして、無理な行動を取りやすい、と考えられます。
ネイタルチャートでは、太陽牡羊座と蟹座の月がタイトなスクエアを形成。
スクエアの働きは、一方の天体の力を発揮する時に、もう1本の天体の存在を忘れてしまう。バタンバタンと一方に傾くシーソーのように機能します。つまり、牡羊座太陽の自分の内側から湧き出る情熱や感覚が優位になる時は、蟹座の月である感情が置き去りになるのです。
逆に蟹座の月が優位になり、自分の感情や体を優先させる時は、自分の自尊心を傷つけるようなことをしてしまう。
なぜなら、牡羊座の太陽は自尊心の高い強がりなサインだからです。蟹座の月に従って自分の感情を素直に表現すると、後で牡羊座の太陽が「湿っぽいことしちゃった、かっこわるい…」と凹んでしまうんですね。
太陽と月のオーブがタイトなので、よりスクエアの性質が強く作用しやすいと考えられます。日常的に自尊心がへこんじゃう、みたいなことが起こっていた可能性が高いのです。これはなかなかしんどそう。
ただ、蟹座の月と火星がコンジャンクションのおかげで、火星は牡羊座の太陽を歓迎し、太陽を発揮する時は蟹座の火星を意識できます。つまり、自分の直感を大事にしながら、周りの人のために戦う力も作用していることを自覚できるのです。
作家の才能
デュラスは、「自分の表現によって稼ぐ星」を持っています。
作家としてはすごく良いチャートですね。なぜなら、3室牡牛座の支配星は2室牡羊座金星。3室の象意は、自分の考え・表現、2室は稼ぐ力・才能・スキルだからです。
3室の支配星の品位はデトリメントなので、デュラスの考え方や紡ぐ言葉には結構癖があって、万人受けはしにくいかもしれません。しかし、ハマる人にはドハマリする。そして、私のようなファンの心を掴むわけです。
大きな賞を受賞するくらいの人は、デトリメントのように振り切った才能も必要なのかもしれませんね。また、8室天秤座の支配星が2室にあるため、他人の才能で稼ぐ。実際にデュラスは、身の回りの人々を題材にした作品をいくつも発表しています。
- 「ヤン・アンドレア・シュタイナー」ー晩年をともに過ごした男性が題材
恋愛観
デュラスの人生に、愛はつきものだったようです。ざっと年表を見てみると、デュラスはずーっと誰かを愛すること、恋愛をしてきたんじゃないかなと思います。恋愛遍歴については、最初の夫と結婚して、夫が政治的な理由で捕まっている間に別の人と出会い、夫と別れてその人と結婚し*1、晩年はデュラスの大ファンであるゲイの男性と生涯をともにしたようです。
デュラスは、恋愛に関して良くも悪くも反応するアスペクトを持っています。その牡羊座金星と蟹座海王星のスクエアは、妄想が広がるアスペクトです。
金星と火星のハードアスペクトは、火遊びのコントロールが効きにくいとされます。実際このアスペクトを持つ人は、ドラマチックな恋愛をする傾向があるのです。金星と火星のアスペクトは、恋愛に必要な、興味を惹かれることに思い切って飛び込む力を持つんですね。日常のちょっとした出来事も、脳内がお花畑に変換されるというか、ドラマチックに捉えるので、ちょっとしたきっかけが恋愛に発展しやすいと考えられます。
さらに、愛の部屋である5室には、天体が3つ入っています。蟹座の月と火星、海王星。デュラスが誰かを愛する時は、とても心が揺れ動くはずです。デュラスにとって愛することとは、一番情熱を注ぐ部分であり、夢を見させてくれるものなのでしょうね。愛なくして、デュラスの人生は語れないのかもしれません。
5室が水のサインということは、大切な人とは感情を共有し、どんどん思い出を積み重ねていきたいと思うわけです。
だから、一番身近な存在の母親や長男とそういう関係になれなかったのは、かなりつらかったのではないでしょうか。
蟹座はコミュニティを大事にするサインですから、特に仲間内で仲良くしたいはず。家族に自分の愛情を拒否されることが、母親と兄が結託して仲間に入れてもらえないことが、特にこたえそうな配置です。
理想の男性像
デュラスは、どんな人を愛し、どんな交際関係を望むのかについて見てみます。7室乙女座の支配星は、1室の魚座水星です。7室の象意は契約、1室は自分の肉体ですから、「自分の体を守ってくれる人と交際を望む」と考えられます。
愛人で描かれる中国人青年は、いつもデュラスの送り迎えに運転手付きの車でやって来ました。そして、素敵なレストランに連れて行き、ご飯を食べさせてくれるのです。当時のデュラスはひどい食生活を送っていたため、その点では、彼が生命維持の役割を担ってくれた面はあるのでしょうね。
一方で、デュラスの理想の恋人は、情があり大切な人を守る力があることです。火星は女性にとっての理想の男性像を表し、彼女は蟹座火星を持ちます。デュラス自身が情に厚く、大切な人をなりふり構わずに守る力があるため、相手にも同じ傾向を求めるでしょう。
中国人青年は情緒的な人柄のため、そこはクリアしています。しかし、彼は、父親の指示によって強制的に別の女性と婚約させられてしまいます。つまり、デュラスにとって「自分のことを守り抜いてくれなかった人」なので、気持ちがクールダウンする面はあったかもしれないですね。
このため、デュラスは彼にすがりつくことなく、二人の関係は一時的な情愛に留まった可能性があります。そして、期間限定の蜜月関係だったからこそ、美しい思い出として残ったのかもしれませんね。
もしも、デュラスが愛されて育っていたら?
もし、母親が子どもたちに健全な愛情を伝えていたら、デュラスの愛し方もまた違う方向に活かされていたと考えられます。
デュラスの5室にあるのは、蟹座の月と火星。蟹座の月はドミサイル、蟹座の火星はフォールなので、それぞれ強い力を持ちます。この星が良い形で発揮されたなら、デュラスは誰よりも家族の強い味方になったと言えるでしょう。
この愛のエネルギーが身近な家族に注ぐことができていたら、デュラスは異国の年上青年にホイホイ付いていったり、兄との近親相関の関係になったりしなかったかもしれません。
小説「愛人」によると、デュラスは自ら選んで彼らと関係を持ったように見えます。しかし、その行動を取った根本的な原因は、心や生活の土台が不安定だったからだと思うんですね。
日本でも、母親と長男が蜜月関係になることは珍しくありません。特に男の子と女の子で異なる扱いを受けることも。例えば息子がちょっとケガをしたらすごく心配するのに、娘が同じようなケガをしても「唾つけときゃ治るわよ」といった形で、扱いに大きな差が生まれることもあるんですよね。
子どもの頃に親に愛されなかった、拒絶された記憶って、大人になってもずっと残るんですよね。ご本人が成長して結婚して、歳を重ねていっても、未だに遺恨が残っているという話も聞きます。
デュラスも、本来は母親から目いっぱい愛情を注がれて、自己肯定感を持って生きていければ良かったのだけど。幼少期から、安心できる居場所がなかったと思うんですね。それが、年相応でない恋愛関係を持つにいたった一因でしょう。
二人の関係は何だったのか?
客観的に見ると、当時の二人の関係は現代のパパ活と似ています。パパ活とは、女性が男性と一緒に過ごす時間と引き換えに金銭的な援助を得ることです。
もし彼が白馬の王子様*2なら、中国人青年は少女を真剣に愛し、正式な妻として迎えたでしょう。少女を貧困や劣悪な生育環境から救い出し、生涯、何不自由のない暮らしを与えた…という筋書きになりそうです。
しかし、二人の蜜月関係は短期間で終わりを迎えました。理由は、少女のフランスへの帰国の目途が付いたのと、中国人青年が婚約をしたから。部外者がこの状況だけを聞くと「遊びの関係だったのね」と感じますが…
「愛人」の中で語られたように、デュラスは別れ際に「彼を愛していた」と気づきます。そして、直接的な救いにならなかったとしても、この関係は少女の創作意欲の源となりました。結果的に、彼女は大きな賞を受賞し、作家人生が花開く一因になったのです。ある意味、中国人青年は白馬の王子様だったと言えるかもしれません。
*1…1985年発表の「苦悩」のストーリー
*2…AIチャットによると、白馬の王子様の定義は「理想的な恋愛、救世主」
参考文献:
マルグリット デュラス(1992), 清水徹訳,『愛人 ラマン』.河出文庫,[221]
VOV日本語放送 – 45 BA TRIEU STREET – HA NOI – VIET NAM(2019).「フイン・トゥイ・レの旧家の訪れ」.VOVWORLD.https://vovworld.vn/ja-JP/%E3%83%98%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%83%BC/%E3%83%95%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%88%E3%82%A5%E3%82%A4%E3%83%AC%E3%81%AE%E6%97%A7%E5%AE%B6%E3%81%AE%E8%A8%AA%E3%82%8C-778363.vov.(参照2023.11.2)